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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和53年(ウ)39号 決定 1979年2月15日

申立人

田辺製薬株式会社

右代表者

平林忠雄

右訴訟代理人

石川泰三

外一三名

主文

本件申立を却下する。

理由

一本件文書提出命令の申立は、いわゆる薬害訴訟の被告である製薬会社から訴訟の第三者である医師ないしは医療機関に対し、その所持する原告患者に関する診療録の提出を求めてなされたものであり、申立人の申立の理由として、右診療録が民事訴訟法第三一二条第三号前段の文書に該当すると主張する。

二そこで、申立人の右主張について判断するに、同法第三一二条第三号前段にいう「挙証者の利益のために作成された」文書とは、後日挙証者の法的地位を証明する目的で作成された文書または挙証者の権利義務を発生させる目的で作成された文書をいうと解されるところ、本件における挙証者即ち申立人にとつて本件診療録は右のいずれにも該当しないといわなければならない。

即ち、医師が診療録を作成する本来の目的は、診療の都度、患者の症状、治療行為の内容等を記録し、以後の診療、治療において思考活動の補助としてこれを用い、もつて診療の適正を期することにあると考えられ、医師法第二四条、同法施行規則第二三条が、医師に対し診療を行つた際に一定の事項を記載した診療録を作成することを義務づけているのも、その主眼とするところは、診療録が診療の適正化に資するものであることからこれの作成を制度的に義務づけることにあり、副次的側、患者自身の社会的権利義務に関係する事実の確認および患者と医師ないしは医療機関との間に後日生ずべき法的紛争の処理のための適確な証拠資料を保存することを目的としているものと解される。もつとも、診療録がその記載内容の性質上、本来の作成目的とは別に、患者、医師等診療行為の当事者以外の者に係る法的紛争においても、その者の法的地位の証明に役立つ場合のあることは否定できず、本件もその一事例であるが、それは結果として生じる現象というべきであり、そのことの故に診療録がその者の法的地位証明する目的で作成されたものとみるのは相当でない。従つて、診療行為の当事者でないこと明らかな申立人にとつて本件診療録はその法的地位を証明する目的で作成された文書であるということはできない。

診療録がその性質上権利義務を発生させる目的で作成された文書でないことはいうまでもない。

三以上のとおり、本件診療録は民事訴訟法第三一二条第三号前段の文書には該当せず、また同条所定の他の文書に該当しないことも明らかであるから、本件文書提出命令の申立は理由がない。

よつて、本件申立を却下することとし、主文のとおり決定する。

(黒木美朝 清水信之 水口雅資)

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